学びの続け方

2026年04月26日

牛深ハイヤに学ぶ。

2018年暮れか2019年初めごろのある日、当時勤務していた印刷会社で、私を含め部署をまたいで4~5人のメンバーが集められ社長が話し始めた。

ある物件について、工程間のささいな伝達がうまくいかなかった。小さなことだけど、ここができるようになれば会社は大きく変わるのではないか、とのことだった。

つまりコミュニケーションの問題である。確かにだいじなことだと思った。ドラッカーは書いている。

「コミュニケーションは、私からあなたへ伝達するものではない。それは、われわれのなかの一人から、われわれのなかのもう一人へ伝達するものである。組織において、コミュニケーションは単なる手段ではない。それは組織のあり方である。」(P.F.ドラッカー著、上田敦生編訳『マネジメント 基本と原則』ダイヤモンド社より)

さっそく議論が始まった。私は、当時「作業指示書」として使われていたツールの抜本的な改善を提案した。メンバーみんなが賛成してくれて、定期的に会議をしながら取り組みを進めることになった。

じっくり半年以上の時間をかけて取り組んだその改善は、結果から言えばかなりうまくいった。ありきたりな「作業指示書」というツールが、明確なコンセプトがあり現場の使い勝手も考慮された会社独自のツールに生まれ変わり、ものづくりの川上と川下との、一方通行ではない双方向のやり取りがたくさん生まれた。

このような、単なる「指示書」ではない、ものづくりの「拠り所」とも言えるツールがあったことは、偶然にもその後まもなく訪れたコロナ禍を乗りきる力にもなったと思う。6年以上が経ち、私が退職した現在ももちろん現役で活用されている。

うまくいった理由はいろいろあるが、ひとつは、いいモデルがあったからだ。そのモデルとは、1日1ページでおなじみ、いまや世界的にも人気の「ほぼ日手帳」である。

最近出たインタビュー記事で、ほぼ日の創業者である糸井重里氏は、ほぼ日手帳のコンセプトについて次のように話している。

“The biggest difference between the Hobonichi Techo and everything else is that there’s a page per day. So you have 365 pages for 365 days. And it’s not technically a schedule or a planner. It’s like a park for children where you have space to just play around and have fun with it each day.”
(ほぼ日手帳と他の手帳との最大の違いは、1日1ページあることです。365日、365ページあるのです。スケジュールや予定表だけだったらこんなに必要ありません。それは、子どもたちにとっての公園のようなものです。これがあれば、遊んで楽しむスペースを毎日持つことができるのです。)
(『New York Magazine』ウェブ版より)

そんなほぼ日手帳を参考にして、新しいツールでは、営業が仕様を記入するスペースだけでなく、製造の途中で発生したことなどを作業者自身が自由に書き込める広々としたスペースを作った。正確であることは当然として、それ以上に、風通しがよく主体的に楽しくものづくりができるようにしたのだ。

デザインとシステム改修が終わり、社内で始動させるにあたって私がプレゼンを行うことになった。どんなにがんばっていいものを作ったとしても、人に活用してもらえなかったら意味がない。最初が肝心だとプレゼンの内容を練っていたちょうどそのころ、たまたま、熊本県立劇場で開催された民謡の公演に出かけた。

公演のポスター(当時会場で撮影)。もともと民謡に興味があったわけではなかったが、このポスターに惹かれてなんとなく出かけてみたら最高だった。

そこで初めて見たのが「座ハイヤ」だった。元ハイヤとも言われる歴史ある牛深ハイヤ節に合わせて、円座したおっちゃんやおばちゃんたちが手拍子するなか、そのなかから数人ずつ、かわるがわる円の中心に踊り出ていく。ひとしきり踊ったら、首にかけたタオルを座っている人にかけ、タオルをかけられた人は必ず踊らなければならないルールだ。決まった振り付けはいちおうあるようだが、ノリも含め人によってかなり個性がある。

ステージ上のその光景に、気づいたら涙が流れていた。こんな世界がいいなあと心から思った。そして、新しく作ったあのツールはこんな世界を生み出せるじゃないか、とも思った。立場や部署に関係なく誰もが踊れる(書き込める)スペースがあるのだから。

プレゼン当日。私は、締めくくりに座ハイヤのおっちゃんやおばちゃんたちのことを話した。「会社も、こんなふうになったら絶対に楽しいですよね?!」。社内のみんなは変わり者を見る目をしていたような気もするし、そうでなかった気もする。

時は流れて2026年、今月17日から19日にかけて開催された牛深ハイヤ祭りで、私はついに牛深ハイヤを初めて現地で堪能することができた。日程の都合で、今回見たのは座ハイヤではなく総踊りだったが、あのときの思い出がよみがえってきてやっぱり涙が出た。

公園や、座ハイヤの円のようなスペースをいつも持っていよう。身の周りにはもちろん、心のなかにも。そして、固定観念や経験に押さえつけられ縮こまったものづくりではなく、のびのびとした発想で堂々とものづくりをしよう。

とても楽しそうに、堂々たる演奏や歌唱や踊りを披露する牛深の人たちを見ながら、あらためてそう思った。

総踊りを牽引する山車。左奥にある特設ステージから生演奏と生歌唱が延々と鳴り響く中、チームごとに約700人が踊る。座ハイヤも踊る人ごとに個性があるけれど、総踊りもまたチームごとに個性があり、とくに印象深かったのが天草市役所のチームだった。先頭で踊る方々がものすごく上手で、私のなかで「役人」の固定観念が崩れた。