
VOL 31|2026年03月号

~時代と海を超えた、はたらく人々からの手紙~

デパートで化粧品や香水を扱う販売員。顧客の大部分は上位中流階級の人々である。週5日の勤務になって7年目であるが、その前の30年間は仕事をしたりしなかったりして過ごしていた。子供たちが高校に入ったのを機に、本格的に働きに出るようになった。
「外見よね。いつも思うのは、こんなちっちゃな容器に入ったクリームが30ドルか、っていうこと。その価値はないのが私にはわかる。でも客の女性からみれば、その価値がある。
ある化粧品が発売になったことがあるの。5~6時間だけシワを消しますよっていうものでね。シワをふわっと膨らませて、そのあとは元どおり。私たちは批判的だった。でも、ある女性がやってきて言ったの。「仕事の面接があるんだけど、もう40歳を過ぎてるの。見た目を良くしたいと思って」。彼女に売るときだけは、こちらの気持ちも違った。この商品のおかげで彼女は就職できるかもしれないんだから。
客は私たちのアドバイスを必要としているの。ちょっとした友人みたいなものね。知り合いよりも、見知らぬ人のほうがたくさん話せるんだと思う。悲しい出来事やなんかについて話されることもあるわ。さみしい人たちがたくさんいる。40代から70代の女性はとくに多い。
以前は、私たち販売員は平均よりも給料が良かったの。オフィスで働く子たちよりもたくさん稼げていた。今では、会社は広告のほうにたくさんお金を使うようになったの。女の子にもっと売ってもっと売上をあげさせるためには、そのほうがいいって考えたのね(笑)。
時間外労働はあるし、健康保険や年金の保障はないし、有休も年に5日だけ。他の仕事をしたいとも思うわ。私はもともと教師になりたかったんだけど、当時は不景気だったから…。もっとわくわくして、活き活きできることをしたいものよね。貢献してるって手ごたえが感じられる何か。でも、さみしさを抱える女性たちを迎え入れて、彼女たちが笑顔で出ていくのを見ると、彼女たちの日常を少しでも良くしてあげられたのかなって、報われた気持ちになるわ。」
~今月のリアルヴォイス~
“They leave with a smile and you feel you’ve lifted their day, even a little, well, it has its compensations.”
(彼女たちが笑顔で出て行って、自分が彼女たちの一日をたとえすこしでも良くしてあげられたと感じると、そうね、この仕事にも報いはあるのかな。)
*lift:持ち上げる、向上させる *compensation:償い、賠償
【出典】
Studs Terkel,
Working: People talk About What They Do All Day and How They Feel About What They Do,
New York: Ballantine Books, 1985, pp. 324-327.

~フロイト博士の処方箋~

瞼に落ちる光線、寒さ、匂いなど、客観的な刺激が夢の作り手として一役買っていることは間違いない。
同じように、内的(主観的)な感覚刺激もまた、夢の内容を説明するのにしばしば役立つ。夢の主要部分をなしているのはそもそも視覚的な形象であるから、主観的な感覚刺激のなかでも、夢の形成においてとりわけ大きな役割を演じているのは「主観的な網膜刺激」である。
主観的な網膜刺激とは、覚醒時には、瞼を閉じたさいの光の混沌として知られている。これら無数の光が、空想的な形となって夢にあらわれ、無数の鳥、蝶、魚、真珠、花などが繰り広げられる。つまり、主観的であるがゆえに特殊な形をしたそれらの光は、夢のなかでありとあらゆる形となってあらわれることができるのだ。
しかも、客観的(外的)な刺激と違って偶然に左右されることがなく、夢を説明するために望めばいつでもその材料にすることができて便利でもある。しかし欠点もある。主観的であるがゆえに、観察と実験による証明が不可能であるか、たとえできたとしても非常に困難だということである。
それでもその証明をしてみせたのがヨーハン・ミュラーであった。その根拠となったのが「空想的視覚現象」、いわゆる入眠時幻覚である。それは、私たちがまさに眠りこもうとするときにあらわれ、目を開いた後もしばらくはそのままになっているような、非常に活発で変化にとんだ映像のことである。この映像と夢とのつながりは、研究者モーリが実際に体験した次のような実例にあらわれている。
「節制していたために、お腹がすいてたまらなかったとき、入眠時幻覚にひとつのどんぶりと、そのどんぶりのなかにある食べ物を取り出すフォークを持った手とを見た。そして夢のなかでは、ごちそうのたくさん並んだ食卓の前に座り、食事する人たちの動かすフォークのたてる音を聞いた」
「眼がちかちかして痛んでいたが、眠りこむ直前、ひどく小さくてたくさんのマークの幻覚を見た。非常に努力してそのひとつひとつを読み分けなければならないほど小さかった。そして夢のなかでは、一冊の本が開かれるのを見た。そこには細かな活字が印刷されていて、苦労してやっと判読しなければならなかった」
ラッドという研究者もまた、入眠時幻覚を観察した一人である。彼は自ら訓練して、眠ってから2,3分後に強引に目を覚まし、しかし眼は開けずに、まさに消えてゆこうとする網膜上の映像と、記憶に残っている夢の映像とを比較した。その結果、網膜上の映像が夢の映像の輪郭をなすようなかたちで、両者の間にはつねにつながりが認められると結論づけた。
【参考・引用文献】
ジークムント・フロイト著、高橋義孝訳
『夢判断(上)』(1969年、新潮社)
pp. 59-63.